サイバーパンクは死んだが、ネオンはまだ点いている
2026年7月30日 · 約12分で読める
2026年の夏。台北の窓のない部屋に座って、エアコンが唸り、Wi-Fi は満格。スマホの画面には AI が生成した絵、AI が書いたコピー、AI が推薦してきた次の動画。ふと気づいた——サイバーパンクはもう「未来」じゃない。今だ。ただ、ネオンほどクールじゃないだけ。
予言は的中したが、誰も祝わなかった
William Gibson が1984年に『ニューロマンサー』を書いたとき、想像したのは「ハイテク、ローライフ」の世界だった。企業は国家より強く、身体はテクノロジーに改造され、データは石油より高価。四十年後、僕らはこの本の中に住んでいる。ただし、あのクールなフィルターなしで。
2026年の日常を見てみよう:
- 銀行アプリはすべての人間窓口を AI カスタマーサポートに置き換えた。チャットボックスに自分のアカウント解除を懇願する。
- デリバライダーのルートは秒単位でアルゴリズム最適化されている。信号でためらうのは命が惜しいからではなく、遅刻=減給だからだ。
- SNS のコンテンツの70%は AI 生成。相手が人間かモデルか判別できない。相手もまた、あなたが人間かどうか分からない。
- クラウド事業者の自動化スクリプト一発でアカウントは止まり、申し立てを審査する人間は誰もいない。
これは SF の設定ではない。先週実際に起きたことだ。
なぜネオンはまだ点いているのか
サイバーパンク美学の核心的なイメージは何か。ネオンだ。雨の夜、濡れたアスファルトに映る紫、シアン、ピンク。それは闇の中での抵抗の一形態を意味する——世界がどれだけ悪くなっても、夜に灯りを点す人は必ずいる。
このイメージは長年濫用されてきた——スマホの壁紙になり、T シャツに印刷され、Spotify のプレイリストカバーになった。だが商業化された表層を剥がせば、核はまだ成立している:巨大なシステムに支配された世界でも、個人は自分の光を放つことを選べる。
だから僕はまだブログを書いている。純粋な静的 HTML、トラッキングなし、広告なし、プラットフォーム依存なし。このサイト自体が一本のネオンだ——資本主義に回収された華やかなネオンではなく、路地裏の少し歪んでいて、時々チカチカするタイプの。
予言から写実へ
文学のジャンルとしてのサイバーパンクは確かに「死んだ」——描いていた世界が日常になった瞬間、それは SF ではなくなる。しかし精神の核は、むしろリアルになった。
Gibson は後年のインタビューで、未来を書くのをやめたと語っている。未来が来るのが速すぎるからだと。代わりに現代小説を書くようになった。「現在そのものがすでに十分 SF だから」。この言葉は2026年にこそ、かつてなく響く。
僕らにはこれ以上のディストピア予言は要らない。必要なのは、ディストピアの中で生きていく方法を見つけることだ。分散化はスローガンではなく戦略。オープンソースは信仰ではなく保険。ブログはノスタルジアではなく信号だ。
一つの灯り、一つのサイト
このサイトのアクセントカラーはシアンブルー(#47c2e8)。偶然ではない。ネオンの色だ。黒い背景の上では、深夜の一本の灯りに見える。
2026年にこの文章を読んでいるなら、あなたもおそらく一度は経験している——クラウドのアカウント停止、SNS アルゴリズムの誤判定、AI カスタマーサポートの無限ループ。あの無力感を知っているはずだ。それでもあなたは個人ブログを読んでいる——つまり、押し付けられる情報を受け身で受信するのではなく、まだ信号を探しているのだ。
サイバーパンクは死んだ。ネオンはまだ点いている。それで十分だ。
あなたも自分の灯りを点せる。サーバーもデータベースも要らない。HTML ファイル一枚で十分だ。